Black Lives Matterを理解するいくつかの観点


今、アメリカが「Black Lives Matter」で大きく揺れ動いています。 

この問題はあまりにも根が深く、複雑で、かつ非常にセンシティブなので、全体像を説明するのはとても無理ですが、少しでも理解するためにポイントを整理してみました。


これを書いている筆者が、この問題についての情報をまとめるためのメモみたいなものです(とはいえ、メチャ長くなりました)。IVUSAの公式見解というわけでは全くありません。

これを読んでいる皆さんの少しでも参考になれば幸いです。  




1. 「Black Lives Matter」ってそもそも何?

5月25日にミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイドさんが警官に暴行を受けて死亡するという痛ましい事件が起こりました。その後、全米で抗議運動が巻き起こり、「Black Lives Matter(BLM)」という言葉も世界的に認知されました(日本でも今回知ったという人が多いのではないでしょうか)。


もともとは2012年にフロリダ州サンフォードでトレイボン・マーティンさんという黒人の高校生が、自警団の男性(ヒスパニック系だったそうです)に射殺された事件が始まりでした。マーティンさんは当時、銃などは持っていなかったのですがが、男性は正当防衛が認められ無罪になったのです。 


それを知ったアリシア・ガルザさんという黒人女性が、“Black people. I love you. I love us. Our lives matter, Black lives matter”とSNSに投稿しました。

 「Black Lives Matter」は直訳すると、「黒人の命は(白人の命と同じように)大切だ」という意味です。ここからハッシュタグが付けられてSNSで拡散していきました。  


BLMを理解する上でもう一つのキーワードが「Systemic Racism」です。これは、社会システムや制度に組み込まれた人種主義(人種差別)というような意味です。 

黒人の居住地域は貧困率が比較的高く、刑務所に入れられている黒人男性も非常に多く、今回のCOVID-19でも黒人の感染者・死亡者が多いと指摘されています。  


<「コロナは貧しい人から犠牲に」ハーバード大教授が不都合な真実を警告> 


 このような黒人というだけで社会的弱者になりやすい社会構造そのものをBLMは批判しているのです。特に警察や監獄に行政の予算が多く配分され、教育、福祉が割り振られる予算が少ないことを問題にしています。  




2. アメリカの「原罪」ともいえる奴隷制

では、このようなSystemic Racismはどのように形成されてきたのでしょうか?それを考える上では、やはり奴隷問題が出発点になります。  


『サピエンス全史』によると、アフリカ大陸からアメリカに連れてこられた奴隷は約1,000万人。多くはプランテーションの劣悪な環境で働かされ、連れて来られる途中の船の中で命を落とす人も多かったのです。


奴隷制の存続をめぐる論争は、アメリカを文字通り二分する南北戦争(1861年~65年)を引き起こしました。その中で1862年にリンカーン大統領が奴隷解放宣言を出すわけですが、この時解放された奴隷は400万人と言われています。逆に言えば、この時まだ400万人もの奴隷がいたことなるわけですね。  


そして、マルティン・ルーサー・キング牧師らによる公民権運動の結果、1964年に公民権法が成立。ここでようやく白人らと平等な権利が法的に保証されることになったのです。この辺りの公民権運動や、アメリカ南部でのすさまじい差別の実態を描いた映画『ミシシッピー・バーニング』(ジーン・ハックマン主演 1988年)に、当時高校生だった筆者は衝撃を受けた記憶があります。  


この奴隷制度からの現在も続く黒人差別を、著名なミュージシャンであるブルース・スプリングスティーンは「アメリカの原罪」と呼びました。 


ちなみにコロンブスの「新大陸」発見以降、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘やペストによって当時メキシコにいた3,000万人の人口が100年で1/10になったと言われています。 





3. 4月に2,000万人が失業

では今回、BLMがここまで大きな運動になった背景に何があるのでしょうか?いくつか要因があると思われますが、二つの点に絞って考えてみましょう。  


一つは、やはりCOVID-19による影響です。アメリカは死者数が10万人を超え、世界最悪の感染状況になっていますが、経済に対するダメージも甚大です。


4月だけで2,000万人以上の雇用が失われました。アメリカの雇用者は総数で1億5,000万人程度ですから、約15パーセントの雇用がたった1か月で失われたことになります。 


 

2008年のリーマンショックの時に失われた雇用がひと月に数十万人程度ですから、実にケタが2つ違うインパクトなわけです。  

当然、職を失った人はデモに参加する時間もあるわけですし、職を失ったフラストレーションも充満していたのではないでしょうか。 


そして、もう一つは、トランプ大統領のBLMに対する発言や行動が「火に油を注いだ」という側面があります。  

例えば、トランプ大統領は、「When the looting starts, the shooting starts.(略奪が始まれば発砲が始まる)」とSNSに書きましたが、このフレーズは1967年にマイアミ市警本部長が公民権運動のデモに参加した黒人に対して脅しとして使ったものと同じだそうです。 


ちなみにTwitter社はトランプ大統領のこのツイートを、「暴力を称賛している」として非表示にし、それに対してトランプ大統領がキレて、「ソーシャルメディアを保護している法律を無効にすべきだ」と強く反発しました。 


また、暴動や略奪を引き起こしたとして、ANTIFA(アンチ・ファシスト)をテロ組織として認定するとツイートしました。 



4. 運動の先鋭化、「文化大革命」という声も 

ただ、黒人差別に対してはもちろん反対しつつも、一部暴徒化している運動に対して、違和感を表明する人は少なくありません。 


 アメリカだけでなく、植民地主義の歴史があるヨーロッパ各国でも、奴隷貿易などと関わりの深い人物の銅像の撤去を求める動きが相次いでいます。 さらに、ビートルズの曲名にもなったイギリス北部リヴァプールにある地名「ペニー・レイン」にある複数の標識が標的になりました。この地名については18世紀の奴隷商人「ジェームス・ペニー」に由来するという説があります。 


標識4点が黒いスプレー・ペイントで塗りつぶされたほか、近くの壁に「人種差別主義者」と落書きされたものもあります。 


このような差別を肯定するような過去のものはすべて否定していくような動きは、「文化大革命」に例えられています。


この記事を読んでいる大学生の皆さんは、「文化大革命って何?」と思われるかと思いますが、ものすごくザックリと言うと、1960年代後半から中国で毛沢東が引き起こした共産主義の徹底運動です。資本主義に傾いたとされる共産党幹部や守旧派(BLMとの対比で言えばレイシストや差別主義者)を厳しく批判するとともに、中国のこれまでの伝統や文化を「資本主義的」「反革命的」として破壊していきました。  

IVUSAの会員の皆さんにとっては、この毛沢東主義・文化大革命の影響を受けたのがカンボジアのポルポト政権だといったら分かりやすいでしょうか。  




5. 日本人にとってのBlack Lives Matter(通底するものは何か?)  

日本でも6月14日に東京・渋谷でデモが行われました。主催者発表によると参加者は3,500人です。  



このハフポストの記事では、参加している人の声が紹介されています。  


例えば、 


「第一に、人権問題としてこの運動に賛同しています。さらにはこれがアメリカだけでなく、日本、そして世界に関わりのある問題とも思っています。人種差別は世界各地で起きていて、日本では黒人や、いわゆる“日本人”以外に対する差別があります。人ごとではなくて、自分の生活や社会の中で起きていることなので参加をして声をあげたいと思いました」


 「アメリカで正義のために戦っている人たちと、日本にいる私たちが共にあること。そして、日本で暮らすマイノリティの人たちも生きやすい社会を作りたいことを示したいと思っています」  


もちろん、日本の中にも様々な差別(人権侵害)が存在しているのは言うまでもありません。それらの問題に対して声を上げるきっかけに、今回のBLMがなっているようです。改めて日本の中にも存在している構造的な差別に目を向け、それを是正していくアクションを考えることは必要でしょう。


しかしその一方で、誰かに「差別主義者・レイシスト」とレッテルを貼り、行き過ぎた糾弾を行っているという批判もあります。その結果、いわゆる普通の人が「差別問題には関わりたくない」と敬遠してしまうことにもなりかねません。




6. まとめ

最後に、この問題を「アイデンティティの分断」という視点で見直してみたいと思います。「アイデンティティの分断」とは、「政治的な意図を持って人々に自らが属する集団に対して過度の同一化(帰属意識を促し、対立する他集団に属する人々を敵対勢力として認識させる社会状況」*のことです。黒人差別の問題は典型的なアイデンティティの分断と言えるでしょう。  


さらに言えば、ある困難な状況に置かれている人たちに対して、「あなたたちが大変なのは、○○のせいですよ」と言って、○○に対する怒りを煽ることで、その集団を団結させるとともに、自分たちの支持を得ようとする政治的な手法が増えてきました(これをアイデンティティ・ポリティクスといいます)。これを加速させているのが選挙のマーケティング技術の発達(特にSNSに対する)でしょう。


 ○○には、次のようなものが入ります。 

・アベ

・(在日)韓国人 

・外国人労働者


こうしてみると、保守もリベラルも、ネトウヨもサヨクも、その主張は同じような枠組みの中にあるのではないでしょうか。 

多くのネトウヨにとっては、「日本の伝統や文化が好き」というより、「韓国が嫌い」ということがアイデンティティの源だったり、レフト方面の方々が「反アベ」ということだけで集まったと思ったら内輪もめを始めたり…(そういえばあの都知事選から4年経ちましたね)。  


BLMは、これから差別や格差などの構造的な不公正を正していく世界的なムーブメントや連帯として発展していけるのか、それとも社会の分断をより加速させていくポリコレ**祭りになってしまうのでしょうか? 


最後の最後に。 

キング牧師の演説を紹介します。 



有名な「I have a dream~」のくだりは11分44秒からです。 

今回改めて見たのですが、白人を糾弾するような表現がなく、「われわれは、敵意と憎悪の杯を干すことによって、自由への渇きをいやそうとしないようにしよう」と呼びかけています。 


さらに、注目すべきが以下の有名なフレーズ(下線は引用者)。  


私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える」というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。 



アメリカの保守派(共和党の支持者が多い)にとって重要なことは、「アメリカ建国の理念」だと言われています。キング牧師は、「米国が偉大な国家たらんとするならば」というロジックで、人種差別問題に対して比較的冷淡と言われる保守派の人たちに対しても訴求していったわけです。  


「問題を生み出す構造は批判しても、特定の集団を糾弾しないこと」「共有可能なより大きなビジョンに訴えること」。この辺りに今後の社会ムーブメントのヒントがありそうな気がします。 


*『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(渡瀬裕哉著 すばる舎) 

**ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)の略。「ポリコレ棒」で検索するといろいろ出てきます。  



この記事を書いた人

理事・事務局員 伊藤 章

IVUSAの中では管理業務一般と、広報や社会理解学習のプログラム作りをする係。最近は、海ゴミ問題のキャンペーン「Youth for the Blue」も担当



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