【28期卒業文集】福岡、そして、九州の未来。

 ≪お願い≫ 

以下のことを理解した上で読んでほしい。
仲間だと思える人には、良いものは良いと伝えてほしい。先輩からもらったものを自分だけのものにせず、分け与えられる人でいてほしい。自分の言葉で、自分だけの言葉で。 


それでは、私が4年間で、何を考えてどのような行動をしてきたのか、一部をご覧あれ。 


○入会 ~クラブ新設への夢~ 

私は福岡大学に入学していなければ、絶対にIVUSAに入っていない。
そう断言できる。 


高校時代は国公立への進学を目指すクラスに在籍し、言うまでもなく、国公立への進学を目指していた。私立は数ランクほど下の大学を受験した。どんなに勢いよく、どこまでも滑り落ちようと、片手でも掴める、そんな大学だと思っていた。 福岡大学を目指す人がいる中で、このような表現をするのは不適切かつ申し訳ない気もするが、当時は間違いなく、そう思っていた。 

国公立に受かれば、ラグビーをほどほどにしながら書道とアルバイトをしよう。落ちたら、ボランティアと書道とアルバイトをしようと思っていた。 


入学した当時、福岡にIVUSA学生は一切いなかった。

その中で、なぜ入会するに至ったのか。 

一つは、福岡大学には災害救援と環境保護、その両方を広く取り扱うボランティアがなかったからだ。(ただ、とある分野や活動で優れたボランティア団体はいくつかある。)


もう一つは、クラブ新設のために福岡に会員を増やそうと佐世保クラブの新歓チームが動いていたことである。たまたまSNSやビラ配りなどで福岡大学にアプローチしていた。 そして、受験の失敗。時代背景は遥かに異なるものの、IVUSAが創設された理由もそんなところから来ている。 

簡単に運命という言葉で片付ける人もいるが、間違いなく必然的な出逢いだった。 

そして、入会。

(1年生の時の佐世保合宿…これっきりクラブ合宿してないわ笑)



○継続してきた理由 ~葛藤の中で~ 

星野村と阿蘇海(と災害)。

これが、継続してきた理由だ。 


正直言って、佐世保クラブというのはほとんど名目上のもので、約100キロメートル離れた地は別ものだった。それは今も変わらない。 

それの証明か、大学4年間では、佐世保よりも関西にいた日数がはるかに多い。自分からしてみれば、自分のクラブが好きだの嫌いだの言えるだけ羨ましい。

自己紹介では、関東の人には大学からクラブまでの距離は東京と群馬ぐらいかなと言い、関西の人には隣のクラブは多分兵庫西宮クラブなんよと言っていた。 なかなかキャッチーでしょ?笑
夢を語り合ったプロジェクトで出逢った仲間も多く、このIVUSAから離れていった。けれども、どれだけ裏切られようと、人を裏切る人になりたくはない。そう思った。 


待ってくれている人がどこかいる。
自分にはそれだけで十分だった。 

そして、だんだんと気づき始める。
クラブ新設は自分の夢じゃなかったことに。 



○九州の災害 ~自分の夢~ 

過去5年間でIVUSAが関わってきた災害 

2016年 熊本地震
2017年 九州北部豪雨(東峰村など)
2019年 九州豪雨(佐賀・油流出被害など)
2020年 九州豪雨(球磨村、大牟田市など)
2014年- 福岡県八女市星野村〈地域活性化〉
(2012年7月九州北部豪雨により被災) 


九州では、これだけ災害が起こり、復旧・復興出来ていない地域があるというのにも関わらず、IVUSAの災害ボランティアの派遣は関東と関西の大学生が中心である。 

何も出来ないことが、もどかしかった。 


2017年、福岡への派遣は3回。
2019年、佐賀への派遣はたったの1回。 

特に、2019年は各地での同時多発的な災害が発生。 


圧倒的な人員不足だった。 


(2017年7月九州北部豪雨災害救援5・6次隊より) 



それでも、やらなければならない。

福岡県西方沖地震(2005年)で緊張が取れていない警固断層の南東部(陸側)や、熊本地震(2016年)で緊張が取れていない数多くの断層による断層地震など、様々な断層地震が九州各地で予測されている。


そして、近年、毎年のように起きている豪雨災害。
いつ起きてもおかしくない災害。
これから起こりうる災害に対して、九州のニーズを完遂するほどの力はIVUSAにはない。 


今は、冗談半分かもしれないが、福岡に事務所作るか、と関西の事務局さんが毎回のように言ってくる。
それが、なぜか嬉しく感じた。
それが、どんな理由でも構わない。

当然、事務所ができ、福岡に常駐する事務局さんがいれば、九州のメンバーだけでの派遣も視野に入ってくる。それぞれの地域で、それぞれの問題が解決できる。ここで、私はクラブ新設を「夢」を叶える手段として手にした。 



○希望の島 ~対馬海岸清掃活動がスタート~ 

決して多くはない学生たちが、福岡で活動出来ないという理由から、IVUSAに入っては去っていった。 


そんな中、3年の夏に転機が訪れた。
福岡集散のプロジェクトが始まることで、これまで考えていたことが、いよいよ現実味を帯びてきた。しかも、日本一プラスチックゴミが漂着すると言われている対馬。その7割ほどのゴミが再漂流する可能性があり、海ゴミの防波堤とも言われる理由がよく分かる。


 (長崎県対馬市海岸清掃活動2019夏より[赤島]) 


海ゴミ問題に関わる上で、重要な拠点。
九州本土から約132キロメートル、韓国から約49.5キロメートルの国境の島。
最近まで、韓国の学生が海岸清掃のために対馬に訪れていた。言葉は違うが、熱意は変わらない。 

国際協力ではないが、唯一、海外のメンバーとの清掃活動が出来る活動として、今後、IVUSAでも人気の活動になるかもしれない。 


そう思って、ワクワクしている。 


 ○新規事業の開始 ~蘇ってきた夢の続き~ 

今年、新しく実施したもの 

◎オンライン

 『福岡×○○』

福岡オンラインクラブ会

ながさき海援隊の学生さんとの海ゴミワークショップ

就活コンテンツ 


◎オフライン
星野村活性化活動(福岡隊)
長浜海岸清掃活動
海ゴミ調査隊(啓発活動の一貫)
大牟田市農業復興支援活動〈予定〉 


新規事業をしていく上で考えるべきことは、クラブ新設と災害のプロフェッショナルの育成の2つだった。

オンラインクラブ会では、もっぱら災害に関するコンテンツ(勉強会やクイズ大会、ワーク)を実施していた。
海ゴミワークショップでは、対馬の活動を共にした長崎大学のながさき海援隊のメンバーの一人である田添くんに協力してもらい、実施することができた。 


(福岡県八女市星野村活性化活動2020秋より) 


上の動画の山口さんの言葉にもあるように、NPO法人がんばりよるよ星野村さんとの相互協力のもとで、農業災害など数多くの復興支援ができたら良いなと考えているところであり、その一貫として、大牟田市の支援を考えているところである。 

コロナ禍で何も出来ない。 

それはみんな同じだった。けれども、何かしようと動き続けた結果が、これである。何かのせいにしてやらないのは簡単だけど、やりたいという気持ちをどうか大切にしてほしい。 


自分の夢はある意味ここで一区切りにはなるが、後輩たちが紡いでいってくれると嬉しい限りである。 


星野村、対馬、そして、被災した地域。
これらの地域のために、福岡のクラブが立ち上がる。 そんな日が来ることを心から願って。


 (福岡県八女市星野村活性化活動2019春より) 



○4年間のIVUSAの活動で携わった全ての方々へ

ありがとうございました。 

どれだけ心がこもっているかは、
これからの行動で示し続けていきます。 


これからも、社会課題に挑戦し続けると誓います。
また、これが、28期の総意であることを願っています。


○IVUSAに在籍するすべての皆さんへ 

自分らしさもなく、ありきたりかもしれないが、読んでいるあなたに送る言葉。 

これが最後になるかもしれないし、最初になるかもしれない。 


学生らしく頑張ってほしい。 

それが、あなたのためになる。 


遅かった。確かに、私はこう言われてもおかしくはない。
けれども、遅いことなんてない。
今が一番早いのだから。
どんなに寄り道しようと、それで良い。 

すべてが、あなたの力になる。 


 (京都府阿蘇海環境づくり活動2019春より) 


誰しもが認め、誰もが愛する活動は絶対にない。
だからこそ、あなた自身の力で、その地域や未来にたった一輪の花を咲かせてほしいと心から願う。


それが、未来への希望になる。 

私たちが出来ることは、大学を卒業してからでもいくらだってある。
これは間違いない。
けれども、今やらなければ、今始めなければ、これからも何も変わらないし、何も変えられない。


大切な今を、大切な仲間と。
同志たちよ、これからも頑張っていこう。

じゃあ、また。


この記事を書いた人 

福岡大学(長崎佐世保クラブ) 4年 市原隆誠

 IVUSAで福岡のやつと言えばこいつ。阿蘇海の活動では、ミスター福岡大学と呼ばれていた。ラグビー馬鹿と言われるほどにラグビーをこよなく愛している。自伝的なものでも読むという人がいたので、地方クラブのサテライト的な存在である少数大学の葛藤や気持ちの変化について書き綴った。 

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