【書評】マイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』

■はじめに

今日はマイケル・サンデルの話題の新刊『実力も運のうち 能力主義は正義か?』を取り上げます。書評というよりは、本の内容のポイントを紹介していきます。


「マイケル・サンデルってそもそも誰?」ということなのですが、ハーバード大学の名物哲学教授で、10年前にベストセラーになった『これからの「正義」の話をしよう』を覚えている方もいるんじゃないでしょうか。その中では以下のような思考実験があります。


線路を走っている一台のトロッコが制御不能に陥ってしまい、このまま進めば向かった先で作業をしている5人がトロッコにひき殺されてしまう。

あなたは偶然にも、トロッコが走る線路の分岐切り替えレバーの近くにいる。レバーを倒してトロッコの線路を切り替えれば5人は助かるが、切り替えた先にも1人の作業員がいる。5人を助けるためなら1人を犠牲にしてもよいのだろうか。あるいはこのままにするべきなのだろうか。

 

このように簡単に答えが出ない問いを通して、自分自身で「正義とは何か?」について考えさせるのがサンデルの真骨頂で、その授業の様子は「ハーバード白熱教室」としてEテレでも紹介されました。ちなみにこの「トロッコ問題」はサンデルのオリジナルではなく、イギリスのフィリッパ・フットという哲学者の問題提起が元ネタになっています。



■能力主義ってそもそも何?

さて、今回の新刊の方に戻りましょう。

この新刊は、「能力主義(メリトクラシー)による社会の分断」がテーマになっています。メリトクラシーとは、「メリット(merit)=能力や功績」に基づいて、人々の職業や収入などの社会・経済的なステータスが決まる仕組みの社会のことです。

この反対が、家柄や出自といった本人が変えることができない属性によって社会ステータスが決まってしまう社会の仕組み(アリストクラシー=貴族制とも言います)です。

メリトクラシーはアリストクラシーに比べてより公正で望ましいものであるとこれまで考えられてきました。この本の帯にも書いてありますが、「努力と才能で人は誰でも成功できる」というアメリカンドリームに象徴されるものです。


■能力主義の弊害

その一方で、グローバル化が進んで製造業が国外に移転し、ITや金融をはじめとする知識集約型の産業への構造転換が進む中、労働者には高度な技術や知識が求められるようになりました。


文中では、バラク・オバマ元大統領のスピーチが紹介されています。

かつては高等学校を卒業しただけで、工場やガーメントディスクリクト(婦人服産業に関わる事務所や工場が集積したニューヨークの一地域)に職を得られたかもしれません。
あるいは、職を得て給料をもらうだけで、大学に行く機会に恵まれた人びとと遜色ない収入を得られたかもしません。しかし、そんな時代は過ぎ去り、戻ってはきません。


私たちが暮らしているのは21世紀のグローバル経済です。グローバル経済においては、仕事はどこへでも移動できます。企業は最高の教育を受けた人材を探しており、その人びとがどこに住んでいるかは気にしません…

いまや、北京からバンガロール、モスクワに至るまであらゆる地域で暮らす数十億という人びとが相手です。彼ら全員がみなさんと直に競い合っているのです…
もしも優れた教育を受けていなければ、生活できるだけの給料をもらうのは難しくなるでしょう。


当然、「いい仕事」に就くためには、大学の学位が当然のように求められ、アイビーリーグに代表される一流大学はますます狭き門となっています。


その結果引き起こされた弊害についてサンデルは以下のように指摘します。

第一に、不平等が蔓延し、社会的流動性が停滞する状況の下で、われわれは自分の運命に責任を負っており、自分の手にするものに値する存在だというメッセージを繰り返すことは、連帯をむしばみ、グローバリゼーションに取り残された人々の自信を失わせる。

第二に、大卒の学位は立派な仕事やまともな暮らしへの主要ルートだと強調することは、学歴偏重の偏見を生み出す。それは労働の尊厳を傷つけ、大学へ行かなかった人びとをおとしめる。


第三に、社会的・政治的問題を最もうまく解決するのは、高度な教育を受けた価値中立的な専門家だと主張することは、テクノクラート的なうぬぼれである。それは民主主義を腐敗させ、一般市民の力を奪うことになる。



■「親ガチャ」による格差

こんにち、最も裕福な1%のアメリカ人の収入の合計は、下位半分のアメリカ人の収入をすべて合わせたものよりも多い。


このような経済格差はコロナ禍でさらに進んでいます。サービス業を中心に多くの労働者は職を失う一方で、大規模な経済対策の恩恵を受け、富裕層の多くの人たちがさらに財産を増やしています。


そのような中でも「勝ち組」の人たちは、「自分は努力して一流大学に合格し、経済的にも豊かになったのだから、その成功は自ら勝ち取ったものであり、自分は成功に値する」と考えるようになりました。



あなたが貴族社会の上位層に生まれていれば、自分の特権は幸運のおかげであり、自分自身の手柄ではないとわかるだろう。
いっぽう、努力と才能によって能力主義社会の頂点に登り詰めたとすれば、自分の成功は受け継いだものではなく、自ら勝ち取ったものだという事実を誇りにできる。


実際のところは、一流大学に合格するためには親の莫大な投資が必要不可欠であり、アイビーリーグの学生の3分の2あまりが、所得規模で上位20%の家庭の出身です。日本でも東大生の家庭の7割以上が年収750万円以上の高所得層であり、半分は950万円以上です。


要は「親ガチャ」でSSRカードを引いたという幸運によるものが大きいにもかかわらず、その恩恵に対して無自覚で、それが無意識に「努力しなかった(できなかった)人たち」を見下してしまう傲慢さに繋がっていると言えるでしょう。

 

一方で「負け組」の人たちにもこのような自己責任論的な価値観が内面化されており、「自分は努力しなかったのだから仕方ない」と考えてしまったり、自分の仕事に対する誇りやプライドを持てなかったりするようになります。

より多くの人の人びとに大学へ行くよう勧めるのは善いことだ。資力の乏しい人でも大学に入りやすくするのは、さらに善い。だが不平等や、数十年にわたるグローバリゼーションによって敗者となった労働者の窮状の解決策として、ひたすら教育に焦点を合わせることには有害な副作用があった。
すなわち、大学へ行かなかった人びとが受けるべき社会的敬意をむしばんでしまったのである。



■最後まで残る「差別」?

人種差別や性差別が嫌われている(廃絶されないまでも不信を抱かれている)時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ。
欧米では、学歴が低い人びとへの蔑視は、その他の恵まれない状況にある集団への偏見と比較して非常に目立つか、少なくとも容易に認められるのである。


アメリカの連邦議会では、下院議員の95%及び上院議員の全員が大卒者で占められていますが、アメリカの成人で大学の学位を持っているのは3分の1に過ぎません。


もし、人口の3分の1しかいない白人が、議会の95%を占めていたらどうでしょう?女性が議員の5%しかいなかったら、きっとジェンダー不平等で大きな問題として認識されているのではないでしょうか?(ちなみに日本は9.9%)


実際、私もこの本を読むまでこのデータを知りませんでしたし、問題だと認識していませんでした。人種やジェンダーに比べて、学歴による差別・格差は「当たり前」と見過ごされているような気がします。


ちょうど私の家では子どもが今年高校受験なのですが、奥さんと普通に「ヤンキーのいる学校は避けたいよね」と話していました。そういうところにも表れているのかもしれませんね。そもそも今どき、「ヤンキー」と言われる高校生がどのくらいいるのかは知りませんが…


■トランプ当選の原動力

こんにちの政治における最も深い分断の一つは、大学の学位を持つ者と持たざる者のあいだに横たわっているのである。
2016年、大学の学位を持たない白人の3分の2がドナルド・トランプに投票した。ヒラリー・クリントンは、学士号より上の学位を持つ有権者の70%超から票を得た。
選挙研究によれば、所得ではなく教育が、トランプへの支持を予測するのに最も役立つことが分かった。


そして、労働者と中流階級がメリトクラシーの「勝者」であるエリートに対して抱いた怒りやフラストレーションが2016年のトランプ当選につながったとサンデルは分析しています。ヒラリー・クリントンも選挙期間中に、トランプ支持者を「みじめな(deplorable)人たち」と呼んで火に油を注ぎましたし(後で撤回)。

 

本来、労働者や中流階級は民主党政権の支持基盤でした。しかし、トマ・ピケティ(こちらは『21世紀の資本』でブレイクしたパリ大学教授。NHKが二匹目のどじょうを狙って、「パリ白熱教室」を作ったが…)が指摘したように、中道左派政党が労働者の党から知的な専門職エリートの党へ変質していきました。

具体的には、移民・性的マイノリティ・ジェンダー・気候変動などの社会問題にフォーカスし過ぎて、労働者からの支持を減らしたと言えます。これらは、「意識高い系」と揶揄されることもありますね。


サンデルの中でのこの本を書くようになったきっかけは、2016年のトランプ当選とブレグジット(イギリスのEU離脱)、そしておそらく2018年にフランスで起きたイエローベスト運動でしょう。

イエローベスト運動については以下の動画を見ていただければ幸いです。


■サンデルが提案するソリューション(処方箋)

サンデルは「能力のおごりをくじく」ことと、「労働の尊厳を守る(回復する)」ことを提案しています。


前者を具体的に言うと、大学入試における社会階層別アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)と一定の学力を持った母集団からのくじ引きによる合否判定、技術・職業プログラムの拡充、名門大学における道徳・市民教育の拡大です。

後者は、賃金補助と消費・富・金融取引への課税を重くすることによる再分配です。

そして、これらの施策を通してサンデルが目指すのは以下のような社会です。

巨万の富や栄誉ある地位には無縁の人でも、まともで尊厳ある暮らしができるようにするのだ―社会的に評価される仕事の能力を身につけて発揮し、広く行き渡った学びの文化を共有し、仲間の市民と公共の問題について熟議することによって


現状分析のシャープさに比べて、対策の方はやや理想論的・精神論的な印象を受けます。

ただ、ニューヨークタイムズが「右派も左派もみんな本書を片手に着席し、真剣に議論しなければならない」という書評を出したように、この現状認識は多くの人に共有していただきたいものです。


分厚くて大変ですが、これを読んで興味を持った人はぜひ読んでみてください。



この記事を書いた人

理事・事務局員 伊藤 章

IVUSAの中では管理業務一般と、広報や社会理解学習のプログラム作りをする係。最近は、海ゴミ問題のキャンペーン「Youth for the Blue」も担当

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