この記事を書いているのは3月17日です。
2月24日にロシアがウクライナに侵攻して3週間以上が経ちました。ニュースやSNSではこのニュースほぼ一色という状態が続いており、新型コロナウイルスの問題(さりげなく「まん防」延長)や3月9日に行われた韓国大統領選の報道がかすんでしまっています。
一方、SNS上では明らかにフェイク(ディスインフォメーションともいいます)である記事も飛び交っており、今の状況を一回整理してみようということでこの記事を書いた次第です。特に「なぜプーチン大統領は侵攻という決断をしたのか?」という点を中心にまとめてみました。
一日も早く戦闘が終結し、これ以上犠牲になる方が出ないことを祈りつつ。
■なぜロシアはウクライナに侵攻をしたのか?
ロシア(プーチン大統領)の言い分としては、大きくは以下の三つに整理できそうです。
①ウクライナのゼレンスキー政権が、ウクライナ国内のロシア系住民を虐殺している
②同政権が核兵器を開発している
③同政権が西側諸国の傀儡になって、NATOやEUの加盟を目指している
①については、ロシアはゼレンスキー政権を「ナチス」と呼んで批判しています。ただ、ナチスのユダヤ人虐殺のようなジェノサイドが行われているのなら、なぜ国連安全保障理事会の常任理事国のロシアは、国連の場でその問題を告発しなかったのでしょう?そもそもゼレンスキー大統領自体、ユダヤ人です。
②については、3月に入ってからプーチン大統領が言い出したことで、国際原子力機関(IAEA)もウクライナの核開発の兆候を認めていません。ロシアはさらにウクライナが生物兵器を開発していると主張し始めています。
このように①②に関しては、明らかにロシアが流しているフェイクニュースであり、「ほんとうの」理由とは考えにくいものです。ただ①に基づき、ロシアは「戦争ではなく、特別軍事作戦である」と主張しています。あくまでロシア系住民の保護が目的というわけですね。
となると③ですが、実際ウクライナは2019年2月に憲法を改正し、NATOに加盟することを目指すことを明記しました。NATOとはNorth Atlantic Treaty Organizationの略で、日本語では「北大西洋条約機構」。北大西洋同盟と呼ばれる場合もあります。これを一言で言えば、「ソ連に対抗するための軍事同盟」です(冷戦初期の1949年設立)。
それに対して、NATOに対抗して1955年にソ連が作ったのがワルシャワ条約機構(WTO)ですが、連戦終結とともに1991年に解体されました。よってNATOの仮想敵はソ連の「後継国家」であるロシアになります。
(出典)https://imidas.jp/genre/detail/D-120-0014.html
かつてソ連(ロシア)の仲間だったはずのワルシャワ条約機構加盟国(ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、東ドイツ)はすべてNATOに加盟。かつてソ連を構成していたバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)も加盟。さらにウクライナも加盟するとなると、ロシアにとって安全保障上の脅威になるというロジックですね。
だから停戦交渉でも、ロシアはウクライナの「中立化=NATO非加盟」を条件にあげているわけです。
また、今回の侵攻はプーチン大統領とごく少数の側近で決定されたと言われ、特にプーチン大統領の意思が強く反映されています。そのプーチン大統領のウクライナに対する考えが表れているのが、2021年7月に発表した論文です(もちろん学術的なものではありません)。その中で印象的だったのが以下のフレーズです。
ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってのみ可能であると確信している。ともにあれば、これまでも、そしてこれからも、何倍も強く、成功するはずだ。結局、我々は一つの民族なのだから。
(出典)https://globe.asahi.com/article/14405289
「ウクライナはロシア(プーチン)の庇護下でのみ幸福になることができる」と言わんばかりの、家父長的(パターナル)で独善的な思想を読み取ることができるのではないでしょうか。
さらに言うと、プーチン大統領は元KGBの将校(エージェント)であり、赴任地の東ドイツで冷戦終結を迎えました(その時、KGBの施設も民衆に囲まれ大変だったそうです)。そして1990年代のソ連崩壊後、ロシアが混乱している隙にNATOがどんどん東方に拡大してきた(つまり、ロシアの「シマ」を荒らしてきた)と考えているでしょう。
ゆえに、プーチン大統領の主観では、「ロシアは被害者」であり、今回は「ウクライナへの善意の介入」なのではないでしょうか。
■戦争の現状は?
ロシアの軍事の専門家である東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏が、3月9日に日本記者クラブで講演していますが、その中で小泉氏は次のように語っています。
私は正直言ってこの2月24日に戦争が始まって、その2週間後にどこかで講演をするとして、その戦争を現在進行形のものとして扱うとは思っていなかった。つまり、ロシアがもっと早く勝つだろうと予測していたのです。
ロシアは2008年のジョージアとの戦争を5日間で終結させましたし、2014年のクリミア半島併合の時もウクライナ軍との本格的な戦闘には至っていません。さらに今回、ロシアは15万人とも19万人とも言われる軍を投入しており、これはロシアが現在動かせるほぼ全兵力だと言われています。
これに攻撃されたらウクライナはひとたまりもないだろうというのが当初の予測でした。プーチン大統領はジョージア、クリミアの「成功体験」から、電撃的に勝利してウクライナに傀儡政権を立てられれば、既成事実化できると考えたのでしょう。おそらく北京オリンピックとパラリンピックの間で決着を付けるつもりだったと思われます。
小泉氏の講演はYoutubeで見ることができます。
しかし、ウクライナ軍が善戦し、欧米諸国からの軍事支援もあって(日本も防弾チョッキ等を供与)、首都のキーウ(キエフ)、第2の都市であるハリコフも持ちこたえています。
世界中の専門家(軍事オタク)が、今回のロシアの軍事作戦、特にロジスティックス(兵站)のグダグダさを指摘していますが、これは「短期決戦→電撃的勝利」のシナリオしか想定していかった(プランBがなかった)としか考えられないというわけです。
3月17日現在、戦闘は膠着しているように見えます。極東のカムチャッカ半島に駐屯している軍隊を動員しているという情報もあり、ロシアとしても余力はなさそうです。
■ロシアへの制裁は効果ある?
今回、欧米諸国は今までになく一致団結した対応を取っています。
エネルギーの多くをロシアからの輸入に頼っているドイツやイタリアなどは最初、腰が引けていると言われましたが、経済制裁として切り札の一つであるSWIFTからのロシアの銀行を排除することを決定しました。
SWIFTは、企業などが金融機関を通じて外国企業とお金をやり取りする際、送金額など必要な情報をやりとりする仕組みです。IVUSAもカンボジアに学校建設資金を送金する際に、現地受取銀行のSWIFTコードを書きます。
SWIFTがあるので、日本の銀行とカンボジアの銀行が直接契約をしていなくても送金することができます。
これにより国を超えた資金の決済(代金の支払いや送金)が事実上不可能になり、多くの企業がロシアからの撤退を決定。プーチン大統領は撤退企業の資産を接収する(国有化)などと警告していますが、そうなれば、さらなる国際的な批判の高まりは必至。「ソ連時代に逆戻りだ」という意見もロシア国内の企業トップからも出ています。
他にもプーチン大統領やその側近、「オリガルヒ(新興財閥)」と言われる経済界の人たちの資産が凍結されましたし、一連の制裁を受けて通貨のルーブルは暴落しました。ロシアはドルやユーロといった外貨を外国の中央銀行や商業銀行に預けていましたが、ロシア中央銀行との取引中止という制裁によって引き出せなくなってしまいました。
さらに、アメリカはロシアからの石油・天然ガスの輸入を禁止。ただ、ヨーロッパはロシアからのエネルギー輸入の割合が多いこともあり、これに同調できるかは未知数です。逆にロシア側が「天然ガスを供給しないぞ」と脅しているような状況です。
その他にも北京2022冬季パラリンピックをはじめとするスポーツの国際大会から排除され、アーティストのイベントは中止され、プーチン大統領と親しかったという理由で指揮者が仕事を外され、ロシアのプレゼンスは世界中で地に墜ちました。
そして、ドイツは国防・エネルギー安全保障戦略を大幅に転換。軍事費を倍増させるとともに、エネルギー購入先をロシアから転換しつつ、戦略備蓄も行うと宣言。軍事的中立を維持してきた北欧のフィンランドとスウェーデンもNATO加入を検討し始めました。永世中立国のスイスですら、資産凍結に協力しています。
ネットスラングに、「ガンジーでも助走をつけて殴るレベル」とありますが、今回のロシアの侵攻は、「スイスですら中立をやめるレベル」のインパクトを与えたのです。
もはや、ロシア(プーチン大統領)の勝利というエンドはありません。仮にキーウを陥落させて、ロシア側に都合がいい傀儡政権を立てたとしても、国際的に承認される可能性はなく(ゼレンスキー大統領の支持率は現在90%超)、各種制裁は継続されるでしょう。ロシアとしては、長期戦になればなるほど不利になるので、事態を打開するため(相手を恫喝するため)に核兵器の限定的な使用も選択肢に入れているようです。
バイデン大統領をはじめとする欧米諸国のリーダーたちとしても、第3次世界大戦(NATOとロシアの全面戦争)は絶対に避けたいわけで、核を持った国連常任理事国が戦争を始める(隣国に侵攻する)と、対処がこれほど困難というのがよく分かります。
■この戦争の日本への影響は?
これまでの経緯からも分かるように、今回の戦争の当事者はウクライナ、ロシア、NATOであり、日本が直接的にできることは限られています。
ただ、間違いなくこの戦争の影響が出始めています。ロシアは世界最大の石油・天然ガス生産国ですから、これらのエネルギーの供給が減り、値段が上がります。日本でもガソリンの値段がレギュラー170円を超えており、さらに上昇することが予想されます。当然エネルギーだけでなく、他の物価も上がるでしょう。日本全体では給料が上がらないのに、物価だけ上がるという最悪の「デフレ脱却」になるかもしれません。
そして、日本はロシアと隣国であり、領土問題(北方領土)を抱えています。さらに、もう一つの「核を持った国連常任理事国」である中国とも日本は領土問題(尖閣諸島)を抱えているのです。
ロシアとは比べものにならない経済的影響力を持った中国が(ロシアのGDPはアメリカのテキサス州と同じくらい)、もし万が一、台湾や尖閣諸島に本格的に軍事侵攻した場合、今回のように欧米諸国は一致団結して制裁をしてくれるのでしょうか?
そういった意味でも、日本でも安全保障上の危機感は間違いなく高まったと言えるでしょう。もちろん、ドイツや北欧諸国のような政策転換につながるかどうかはまだ分かりませんが。
ただ、「いかに日本が他国を侵略しないか」というテーゼが前提だった日本の平和運動が大きな転機を迎えることになったのは間違いないでしょう。
(出典) http://honkawa2.sakura.ne.jp/5223.html
■まとめ
今回のロシアのウクライナ侵攻は、私たちの安全保障のあり方だけでなく、組織トップの意思決定のあり方についても多くの示唆を与えます。
2020年にロシアでは憲法が改正され、その中で大統領の任期を1期6年で2期までとしているのですが、なんと「これまでの任期はカウントしない」という規定が盛り込まれたのです。プーチン大統領の任期は2024年までですから、理論上は2036年まで(!)大統領を続けられます。2000年に就任して以来、プーチン大統領は20年以上大統領を続けています(2008年~12年は首相でしたが、実質的にはトップ)。
トップの在任が長いのは、旧ソ連諸国(日本共産党も)の特徴ですが、こうなると本人も、周りも「ポスト・プーチン」を考えなくなるでしょう。明らかに非合理的な意思決定がされようというとき、それにブレーキをかける存在(野党)が組織や集団にいないということの弊害が極めて悲劇的な形で出てしまったといえるのではないでしょうか。
この記事を書いた人
理事・事務局員 伊藤 章
IVUSAの中では管理業務一般と、広報や社会理解学習のプログラム作りをする係。最近は、海ゴミ問題のキャンペーン「Youth for the Blue」も担当
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